格差社会―何が問題なのか (岩波新書)
id:xoinu:20070707 で書いた通り,格差社会の何が問題なのか分からなかったんで,読んでみた。本書「あとがき」によれば格差社会について考えるときのポイントは,以下の5つであるとのことだ。
- 機会の平等・不平等
- 結果の平等・不平等
- 効率性と公平性の関係
- 政府の役割
- 企業と人々の意識と行動の変化
とにもかくにも,国際社会の中で生き抜くためには,社会の効率性が第一であると私は思う。能力のある人も無い人も全員併せて,トータルで一人当たりの生産性を高く維持すること。恐らくこれが一つの軸になると思う。大げさに言わなくても,これは人間の生死に関わる話なので,倫理的にどうかとかそういうレベルの議論よりも重要だと思う。
あとは,社会の中で自分の視界に入る人々が,どのような人々であってほしいか,その人々とどのような関係を構築していきたいか。それによってこの格差問題の捉え方が変わってくるだろう。
その上で5つについて思ったことを書いてみる。
機会の平等の問題とは,格差によって社会の階層が固定化してしまい,公平な競争が行なわれなくなり,社会の効率性が損なわれる可能性があるという問題。現在日本では2世3世の国会議員が活躍(!?)しているが,これを,野球選手で例えて,長嶋茂雄の息子や野村監督の息子に例えて,野球選手でいうとあのレベルの(かも知れない)議員が指導者として居座ってしまう可能性について言及していた。これは一理あるように見えるが,そうでもない。なぜならば,政治家の能力は個人の指導力もあるかも知れないが,殆どは「人脈」がものをいうものだからである。2世や3世は,その人的ネットワークの構築競争に長けているだけであって,それは野球選手で言ったら,運動神経が優れているようなものだと思う。その力が生物学的な遺伝子以上に顕著に子供に伝わるからといって,不平等であるというのは,いかがなものだろう。社会の階層化を容認するような考え方かも知れないが,階層化した社会が効率的かどうかの判断は,比較するものがなくてなかなか難しいところである。それはさておき,教育の機会の平等については,真剣に考えたほうがよいだろう。
結果の平等・不平等というのは,賃金格差の問題。イギリスやアメリカの実績によると,経済効率を第一に政策を進めると,賃金格差が生まれることが,どうやら分かったようだ。企業の経営者が,普通の社員に比べて100倍もの賃金をもらうのが果たして効率性を高めるのかどうか,これに対する100点満点の答は,人類はまだ持っていない。これは,5つめの企業と人々の意識と行動の変化に大きく関係する。日本において,大企業での賃金格差が100倍も生じないのは,アメリカと違って日本人の間には,たとえ他人でも肉親的な思いやりがまだ少しはあるからなんだと,思ったりもする。
効率性と公平性の問題というのは,結果の不平等のように,経済効率と格差の発生のトレードオフをどのように捉えるかという話。これに対する答も,やはりない。それぞれの地域において,文化や歴史の違いを考慮して最適なものを模索するしかないだろう。
あと政府の役割について。本書では経済成長と福祉を両立している北欧の国々を例にとっているが,私は500万人規模の国で上手くいったからといって,それが1億2000万人規模の日本で上手くいくとは,思っていない。それよりも20社以上の民間企業が競争しあって福祉サービスを提供するほうが,まだ現実的なような。また税金について,本書の指摘で面白かったのは「勤労意欲と税率の関係は実証されていない」ということだ。しかし,本書に欠けている視点があるとすれば,グローバル化が進む現代社会においては,優秀な人材を自国に保有するために,制度において,各国間での競争があるという点だ。つまり,格差を是正するために高所得者の税金を上げて彼らにとって魅力的でない国になってしまったら,今度は高所得者そのものが,国外に流出してしまう可能性がある。そうしたら(格差は減るが)元も子もないだろう。
それから本書が指摘していた重要な点が2つ
- 日本の公的教育支出の対GDP比が先進諸国の中で最低レベルである。
- 日本の福祉制度はアメリカ型の「低福祉・低負担」を既に実現している。
ということ。
最後の4章,5章は筆者の意見が色濃く表れている。筆者の説く「格差を認めつつ貧困をゼロにする」社会のイメージがまだわかない。とくに「貧困」についてのイメージがわかない。でも1章から3章までの記述はとても参考になった。
これはこの前読んだ「超・格差社会アメリカの真実」でも触れられていたけど,本書に掲載されている格差に関するデータは,資産などその人が自由に扱えるお金ではなく,所得の格差であるという点も,留意しておかなければならない。つまり格差の進む速度(しかもその一部)しか見ていない。その結果,母子家庭はまだしも,若者と老人が貧困ということになっていたが,それは何となく実感にそぐわない気がする。本書を読んでいまいち「貧困」についてイメージがわかなかったのは,案外その辺りに原因があるのかも。
- 作者: 橘木俊詔
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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