空想犬猫記

※当日記では、犬も猫も空想も扱っておりません。(旧・エト記)

ホームレス入門―上野の森の紳士録 (角川文庫)

ホームレス入門―上野の森の紳士録 (角川文庫)

ホームレス入門―上野の森の紳士録 (角川文庫)


元台東区民としては無視できない一冊。
こう言っては私の友人に失礼かも知れないが,大学時代,私が親しくしていた友人たちの多くは,なんかダメな奴で,そんなダメな人達から一目置かれるのが「自分」であり,ダメな人達の輪に完全に入り切れず,自然にダメな彼ら憧れる,というような付き合い方をしていた。
言ってみれば彼らはダメさにおいて天才的であって,私はしょせん,秀才でしかなかった。一般的なはんちゅうでは,私はかなりのダメ人間という認識は持ちつつ,この本を手に取って読んでみた。
この本は,そんなダメな人々の成れの果ての姿であるホームレスに焦点を当てた作品(悉く友人に失礼な奴だな)。この本の著者自身もリストラに遭い,ホームレスと親交を深める中で本書が生まれたようだ。筋金入りのようである。文章からも,通常人にはないダメエネルギーが発せられているような気がする。それは,私の屈折した憧れを,少しだけ刺激した。
最終章,公園で凍死した屍体を警官が片付けるところを写真に収めようとした著者が,警官に怒鳴られたときのやり取りが書かれていた。

(警官)「何だこのやろう!厳粛な場面だぞ,何やってるんだ!」
私は反射的に怒鳴り返した。
「そっちこそ,死なないように何かしたのか,この野郎! ふざっけんじゃないぞ!」
 そのやり取りに恐れをなしたのか,数人の野次馬は「しょうもねーよな」とか,「あーあ」とか言って,蜘蛛の子を散らすように雲散霧消した。

この下っ端同士の無益な怒鳴りあいを,反射的にしてしまうところが狭小で痛い。いわゆるダメな人の素質である。でもその一方で,野次馬達を冷静に観察している客観的な視点があって,この二つの視点があることで,この作品は何とかバランスできているような気がする。そうは言っても,副題「上野の森の紳士録」には,語弊があると言わざるを得ない。「ホームレス入門 〜 ダメ人間も生きている」くらいがちょうど良い。
私自身,不忍池で植え込みの「縁(ふち)」の上を歩いていたら,ホームレスのおっさんに「ちゃんと道を歩けバカヤロウ!」と怒鳴られた経験がある。彼らは不条理を見方にした人々であるというのが,私の印象であったが,この本を読んでも大してその印象は変わらなかった。ただ,ホームレスを単なる社会の落伍者として捉えるのではなく,木地師とか山窩を引き合いに出して,生活形態の一つとして位置づけようという試みはなかなか面白いと思った。
もひとつ,ホームレスを相手に宗教家が活躍する風景は,何となく「アキラ」を彷彿とさせるものがあった。2019 年ネオ東京 …おぉ,これは何かの予兆なのか…!(ないない)